諏訪高島城
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  諏訪スワ高嶋タカシマシロ  
 
諏訪上社拝殿
下社秋宮神楽殿
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 諏訪スワ大社タイシャは「カミシャ」と「下社シモシャ」とにワカれ、サラ各々オノオノフタつのヤシロがあり、4シャ  
 で例祭レイサイオコナわれている。  
   
  場所バショ諏訪スワ東南トウナン位置イチし、「マエミヤ」と「本宮ホンミヤ」とにワカ  
  マエミヤにはツマカミが、本宮ホンミヤには武御名方命タケミナカタマツられている。もと  
 ミズカミマツられていたのではないかとの見方ミカタもある。  
 武は神の尊称。御名方は「水潟(ミナカタ)」に通じている。  
 
 
  場所は諏訪湖の北西の位置し「春宮」と「秋宮」からなって  
  おり、2ガツから7ガツ31までは「春宮ハルミヤ」で、8ガツから翌年ヨクトシガツ31までは「アキミヤ祭事サイジオコナわれ  
 カミ半年ハントシゴト遷座センザされる。この遷座センザにはフネカタチをした神輿ミコシ使ツカわれる。なお下社シモシャにはサキの2カミアニカミコトシロヌシミコト」とハハガミ  
沼河比売ヌナカワ子安コヤスカミ)がマツられている。(摂社セッシャ  
 
 
    
    
   
 
武御名方命タケミナカタハハ高志コシ沼河比売ヌナカワは、安産アンザン神様カミサマとしてシタわれ「子安コヤスカミ」とばれ、国内コクナイ各地カクチ神社ジンジャがあり、  
  横浜ヨコハマの「子安コヤス」「新子安シンコヤス」などもその一例イチレイ。なおコノハナサクヤヒメ(ニニギのキサキ富士フジヤマ浅間アサマ神社ジンジャマツカミ)が  
 る産屋ウブヤでホホデミ(ヤマサチヒコ)をんだので「子安コヤスカミ」ともわれる。 shimo_4
 
 
 
  ネンゴト(トラサル)にオコナわれる御柱オンバシラマツ式年シキネン造営ゾウエイハシラ大祭タイサイ)は、カミシャ下社シモシャ  
  カクシャに4ホンづつケイ16ホンけてオコナわれ、カミシャは5ガツから、下社シモシャ  
 は1週間シュウカンオクれてオコナはれる。  
 カミシャ八ヶ岳ヤツガタケフモトからヤク25kmの距離キョリ各町内カクチョウナイ氏子ウジコによって道路ドウロきずってカミシャマデ  
 ハコぶ。(ムカシハタケカワサカ神社ジンジャマデ一直線イッチョクセンいた。その名残ナゴリが「カワワタり」(カミシャ  
 「サカとし」(下社シモシャ)にノコっている。)ハシラてるコトによりカミアガめることになる。  
  この巨木キョボクてるマツりはかなりフルくからオコナわれているヨウである。その起源キゲンは5000ネン  
 以上イジョウマエ青森市アオモリシ三内サンナイ丸山マルヤマ遺跡イセキ巨大キョダイロウハッする巨木キョボク信仰シンコウ(?)が青森アオモリ高志コシコシ)→日本ニホンカイ  
 沿岸エンガン出雲イズモ信濃シナノ諏訪スワ)のルートでナガれ、今日コンニチイタっているとカンガえらている。(巨木キョボク信仰シンコウ遺跡イセキ日本ニホンカイ沿岸エンガン各地カクチ
 
 発見ハッケンされている)この巨木キョボク建設ケンセツ技術ギジュツキュウ出雲大社イズモタイシャヤク47m)、法隆寺ホウリュウジなどの五重塔ゴジュウノトウ東大寺トウダイジ当初トウショ大仏殿ダイブツデン建築ケンチク技術ギジュツ  
 ムスびつき、日本ニホン特有トクユウ技術ギジュツ縄文ジョウモン時代ジダイからあったことは、古代人コダイジン知恵チエ感服カンプクする。  
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
  何処ドコきますか? 下記カキのボタンをクリックしてください。  
   
  ●リンクサキからモド場合バアイは、ブラウザのヒダリ上にある「モドる」ボタンをクリックしてください。  
  ●このページの表示ヒョウジに、スコ時間ジカンかります。