クラス会 ブルガリア会 〜プロジェクトに参加〜

プロジェクトに参加

1968年9月にプロジェクトに参加

 私は、ブルガリア会があることを平成15年に知って入会した。会合で諸先輩方々の武勇伝を聞き、皆さんは大変苦労をされたのだと知った。この会に出席しているうちに、私が、ブルガリア・プロジェクトに参加したころを、まとめたい気持ちになった。私は、1968年9月にプロジェクトに参加した。ブルガリア滞在期間中の様子をまとめるために、本箱の奥に隠れているアルバムから一部の写真をスキャナーで読み取り作った。

 
1968年9月16日に羽田からソフィアに出発した。今から36年前の話だが、この時代のと海外出張は、特別な事だった。職場のほぼ全員が羽田まで送迎する。また実家からも見送りに来る。今みると滑稽なことと思う。私の場合も、九州から実家を代表して、亡姉が見送りに来ていたことを思い出す。

 私の前に出張した方々は、数人のグループで、コペンハーゲン経由でソフィアに入った。このコースを行った人は、コペンハーゲンの空港で待時間にサウナの話を面白可笑しく話していた。私もこの話を楽しみにしていた。いよいよ私の番がやって来た。丁度そのとき、チェコの動乱が発生し、コペンハーゲンから直接ソフィアに飛ぶことが出来なくなった。そこで、ロンドン、パリ、パリからローカル空港に移動して、ソフィアに入った。

 私は、一人旅だった。また飛行機も初めてだった。何もかにま初めてのことであり、特にパリのローカル空港に移動した際、必死だった。預けた荷物がローカル空港に移動しているのか心配だったが、ソフィアに無事到着していた。ソフィアで、駐在員はじめ仲間に会ってやっと安心することが出来た。
北極通過記念証
ロンドン空港で1時間休憩

私の出張の目的

 私の目的は、二つあった。ソフィアにある ZIT工場で、日本から装置を稼働できるようにする。いわゆる現調(現地調整)である。もう一つは、ZITで組み立てた装置の「試験手順の指導」だった。現調は、自身があったので、心配することなく無事稼働させることができた。ZITの組立て装置を待つ間に、幾つかの擬似障害をつくり、その障害の調査方法などを教えた。
 しばらく経って、ZITの装置が出来上がった。いよいよ、その装置の試験である。この装置は、電源の布線を間違えると、布線が燃え、装置をだめにすることがあることを、見たことがあった。ですので、電源関係のチェックを何度も行い、これで大丈夫と自分に言い聞かせて、目をツブッテ装置の電源を入れた。しばらく様子を見たが、煙は出ていなかった。ここまで来れば試験は完了したものだ、と思った。なぜならば、プリント板は、日本製品を使用したからである。それからプリント板とプリント板を接続する布線は、自動チェッカーがあり、また製作部隊の指導を信頼したからである。
ZIT工場の全景
試験状況

 私は、会話が出来なかったが、回路図の上を指で指し教えた。後はジェスチャーで実施した。お陰さまで、無事試験を完了することができた。 これで私の任務は終わったので、帰国の準備に取り掛かろうとしたが、「抵抗測定器」の調整を手伝うことになった。
測定器の担当者

ビトシャで

 ソフィアは、娯楽施設は何もない。冬になるとまったく何もない。随一の楽しみは、ソフィアで一番高い山、ビトシャで雪遊びすることである。 製作部門の連中と週末、ビトシャで一日を楽しんだ。
何年だった忘れたが再会した、一番弟子のRadkaさん

 最初3ケ月の予定の出張だったが、あれやこれやで、半年ソフィアに滞在した。その間、ソフィア駐在員の西川さん、 児子さんには、大変お世話になった。週末隔週両駐在員のお宅にお邪魔し、夕食をご馳走になった。ソフィア滞在中は、 いろいろとお世話になった。有難う御座いました。
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