クラス会 同窓会 〜冨久学級の同窓会〜
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冨久学級の同窓会

かんぽの宿北九州で泊りがけのクラス会

 冨久先生を囲むクラス会が、平成22年7月10日に行われたが、私は57年振りに参加した。クラス会が終わるとき、次回は2年後に集まろうと解散した。
 今年の8月頃、幹事の大森君から手紙が届いた。
「2年後にクラス会を開催する予定だったが、幹事の皆で相談した結果、平成23年11月25日に泊りがけで行いたい。是非、参加して欲しい。」との案内だった。
 また、「全国的な同窓会は、今回限りとして次回からは地元同級生による小グループ同窓会とするので、出席希望者は申し出て欲しい。」とのことであった。
 幹事の皆さんは、遠方から参加する我々に対して配慮してくれてるのだと思った。だから今回は、泊りがけにして宴会後の宿泊の心配もない、ゆっくりと夜遅くまで語り合える会にしてくれたのだ。
 集合は、戸畑駅に15時45分。送迎バスは16時出発。会場は、「かんぽの宿北九州」だった。

 今回、私は羽田から北九州空港、バスで「朽網(くさみ)駅」電車で「西小倉駅」乗り換えて「戸畑駅」にぎりぎりの時間、15時55分に到着した。
 冨久先生は、「さすがはコンピュータだ!」と、私が機械いじりのが好きだったことを覚えてくれていた。嬉しかった。私が到着して全員が揃ったので迎バスで、「かんぽ宿北九州」に向かった。

マップ

 北九州空港からかんぽの宿北九州の地図は、こちらをご覧ください。

より大きな地図で 冨久学級クラス会 を表示

北九州空港からバスで橋を渡って
朽網(くさみ)駅に行く!
JR日豊本線で西小倉駅に行く!
西小倉駅でJR鹿児島本線に乗り換えて戸畑駅に
向かう!
送迎バスで
若戸大橋を渡る!
かんぽの宿北九州の401号室から夕陽を眺める!

宴会が始まる

 天賀君の乾杯の音頭で宴会が始まった。皆さんの元気な様子をご覧ください。
大森君と天賀君 越野さんと下木さん
高橋さん・真崎さん・渡辺さん
久恒さんと古賀君
胃甲君・大尾さん
       中島さん
天賀君と西村君
 
高木君・古野さん・真崎さん 
鄭さんと胃甲君 古野さんと真崎さん
 
中島さんと久恒さん
 
越野さん・胃甲君・下木さん 

冨久先生と一緒に!

冨久先生は
人気者!
先を争って
ハイポーズ!

カラオケ大会と続く

 宴は盛り上がり、カラオケ大会と移る。歌声が聞こえないのが残念です!
めったに歌わない大森君が鄭さんと
ディユエットした!
野中さん
天賀君 毛利さん
冨久先生と毛利さん
冨久先生 高橋さん
越野さん 久恒さん
 
野中さんとのディエット、思い出になります! 
(写真提供:大森君、スキャナーで読み込み)

宴もそろそろ終わりに近づいてきた!

 宴は9時ごろ終焉の予定。もう少し皆さんの様子を見てください。
野中さんと下木さん 
大尾さんと古野さん 
大森君と西村君
鄭さん! イイ顔してる!
越野さん・土持・下木さん
毛利さん・天賀さん・胃甲さん・野中さん・土持
(写真提供:大森君、スキャナーで読み込み) 

日帰りの皆さんを見送る!

 宴会は、9時頃お開きになった。20名中の7名さんを見送りした。お泊りの皆は 401号室で、11時ごろまで談話をして各部屋の戻った。各部屋では遅くまで語り合ったらしい。我々の部屋は1時頃に消灯した。

最後に全員で!

 大森君が居ませんが、載せました!
 
 全員で!
(写真提供:大森君、スキャナーで読み込み)

 翌朝、6時半ごろ目が覚めた。朝風呂に入って7時30分にバイキング朝食をした。8時40頃、皆と分かれて山口県下松市にある笠戸島に向かった。
朝日が昇る! 段々と明るくなってきた!
(414号室から眺める)
朝食はバイキング かんぽの宿北九州

 幹事の毛利さん、野中さん、真崎さん、そして大森君の皆さん、冨久先生をはじめ20名の皆さんを呼んで頂き、本当にご苦労さまでした。お陰様で、小学校時代を振り返ることができました。
 冨久先生、参加の皆さん、身体に気を付けて機会がありましたら、また再会しましょう。皆様、お疲れさまでした。

追記

 ホームページを作ったので、チェックをお願いをするために、幹事の大森君にメールを送信しました。大森君から返信を頂いたのでお知らせします。

 「先日はありがとうございました。いろいろと、ご協力感謝します。生誕の地は確認できましたか。つちもち学級のページ早速、拝見しました。手際のよさと速さにびっくり。土持君の帰ったあと、みんなで近くの妙見の灯台へ行って、好天に恵まれた朝のすがすがしい 空気を吸い、波に侵食された岩肌と紺碧の響灘(ひびきなだ)をながめ、気分を一新してきました。
 この場所は通称、遠見ヶ鼻といわれ、黒田藩時代に密貿易や外国船の監視をおこなう 遠見番所が設けられたことに由来しています。明治政府になって、跡地に御崎(みさき)神社が建てられました。昭和40年頃、神社を移動させ、現在の妙見の灯台が建てられました。  現在では、かんぽの宿に隣接した北九州の観光スポットの一つです。ここの夕景はまた抜群です。みんなの集合写真を送ります。」
                   大森

 近くの妙見の灯台で!
(写真提供:大森君、スキャナーで読み込み)

 大森君からメール受信後、12月1日に速達を受けっ取った。数枚の写真があったので、このページで差し替えおよび追加した。
 手紙によると、冨久先生は同窓会のことを嬉しそうに奥様に話をされたそうです。また、奥様は私の姉が幼稚園に努めていたことを知っていた、そうです。姉は、すでに他界しているが、このような話を聞いて喜んでいるような気がしました。

 冨久先生に奥様、幹事の皆さん、そして参加された皆さん、お互い身体に気を付けて、また、お会いしましょう。

追記の追記

 同窓会のとき下木さんは、私しに話してくれた。
 授業が始まる前や放課後に冨久先生に書道を教えて頂いた。
その中に私も居たそうです。 下木さんは「書」を練習しているときに、「シンニュウヘン」がうまく書けない、と私に言ったそうです。そのとき、私がこの「シンニュウヘン」は、「良く書けてるよ」と言ったそうで、それから下木さんは、楽しく書道を続けることができた。と語ってくれました。まだまだ話は続いた。
 下木さんのお母さんが、小学校時代の成績表や作品を保管していたそうです。その中に「書」の作品のあったそうです。お母さんが保存してくれたのは、冨久先生が子供たちに教える姿勢が印象に残ったからでしょうね。と彼女は話してくれた。
 私は、その話を聞いて是非その保存していた「書」を見たいのでメールで送って欲しいとお願いしていた。
 そして、12月6日に下木さんから手紙が届いた。メールで送ることは何時になるか分からないので、手紙で送ります。とのことであった。「書」の写真が同封されていた。素晴らしい作品だ。また、この同窓会にぴったりした文字だ。スキャナーで読込みましたので、皆様に見て頂きましょう。(写真提供:下木さん)
 冨久先生、近所の野原の散策、書道の練習、胃甲さんの話によると彦山に登ったりしたそうです。勉強以外にいろいろと相手になって頂き、本当にありがとうございました。

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 こちらの、「岩国・笠戸島・湯田温泉・萩旅行記」もご覧ください。

(2011.11.25-26)