寄稿 〜飛田さんのエッセイ「電話」〜

飛田さんのエッセイ

電話 〜人と直に話し合いしたい〜

                         飛田 良
 私は電話の相手が出ると、先ず「もし、もし」と声をかける。
日本語大辞典によれば、「もし、もし」は電話口で相手に呼びかけるときの言葉で、「申し、申し」を約した言葉とある。一八九○年(明治二三年)に日本で初めて電話交換業務が東京・横浜間で開始された時、電話交換手が「もし、もし」を使い出したという。
初期の交換手には男子も女子もいて、男子は「おい、おい」、女子が「もし、もし」と呼びかけた。その後交換手には女子が向いているとして、男子交換手がいなくなったので、電話口での応対が「もし、もし」だけになったと言われる。
 私の記憶では、会社や家庭で一台の電話を何人かが共用して使っていた時代は、電話を掛けると必ず相手の人が「もし、もし」と応対した。それは最初に電話をとる人が特定できないためと思われる。電話が普及して一人一台になると、「もし、もし」が少なくなった。
 さらに、今や情報化社会になり、携帯電話なども普及して、常時膨大な量の通話が飛び交うようになった。企業などは、大量の通話の処理が人手では間に合わず、コンピュータを利用することにしたので、企業の人が顧客に直に「もし、もし」と応対することが減ってきた。

 例えば、クレジットカード会社では、顧客数が何百万にも増えたため、顧客の問い合わせに対応する「コールセンター」を置いている。顧客から電話がかかると、「コールセンター」はプログラムされた順序に従い、メモリーに録音した声で、顧客に要件に対応する数字を電話機のプッシュボタンで入れるように指示する。
「コールセンター」のコンピュータが、その数字を判読して、所定の手続きを進める。手続きがある段階に進むまで、人は応対しない仕組みである。私は、このボタンを押しては次の段階に進むという仕組みが大の苦手である。加齢と共にボタンの押し間違いが増えて、何度もやり直す羽目に陥る。

 先日、私は翌月末で期限が切れるクレジットカードを解約しようと、「コールセンター」に電話をして手こずった。「コールセンター」の指示に従って何桁もの数字を入れ、やっとある段階に辿り着いたが、その先は「電話取引用の暗証番号」の入力が必要という。その「暗証番号」は、別途手続きが必要で、入手までに一週間もかかるという。解約しようというのに、一週間も待たされるのは敵わない。困っていると、妻が「カード紛失/盗難」という項目を見つけた。そこには、「暗証番号」無しで接続できる。駄目もとの気持で「エイヤッ」とボタンを押すと、「もし、もし、どんなご用でしょうか?」と人の肉声がした。「地獄に仏」、やれ嬉しやと要件を話すと、その人は親切に解約の手続きをしてくれた。

 そもそも現在の高齢者は、ファミコンなどに触らずに育ったので、キーボードに弱い。「コールセンター」にお願いがある。七十歳以上の高齢者のために、「プッシュボタンで生年月日を押すと、人が直接応対する」という優先(プライオリティ)ルートを特別に用意して欲しい。 
                   (二○○四年の作品)

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